LMS移行の話が持ち上がると、最初に聞かれるのは「今の教材は全部持っていけるのか」という問いです。けれども実際の移行で効いてくるのは、運べるかどうかより、何を運び、何を置いていくかを先に決める教材の棚卸しではないでしょうか。
LMS移行で教材は「全部運ぶ」べきか
長く使われてきたLMSのコースには、十年分の資料が層になって眠っています。前任の先生が作った小テスト、年度ごとに複製されたお知らせ、今はもう開かれないリンク集。移行ツールにかければ、それらもまとめて新しい環境へ運ばれます。
ところが、運んだ先で起きるのは「どれが最新版か分からない」という混乱です。学生から見れば、同じ名前のファイルが三つ並ぶコースは迷路に近い。移行作業が終わった直後の授業初回に、教員が教室で「どのPDFを開けばいいか」を説明し直す光景は、少なくないように思われます。
教材移行は、引っ越しに似ています。段ボールに詰める前に捨てる物を決めておくと、新居での片付けは驚くほど軽くなる。LMS移行も同じで、棚卸しを先に済ませるほど、移行後の運用が楽になるという見方もできます。
日本の大学の教材棚卸しが難しい理由
日本の大学には、棚卸しを難しくする事情がいくつかあります。ひとつは年度制です。3月末に次年度のコースを用意し、4月の履修登録期に間に合わせる。この短い窓の中で、教材の要不要を一人ひとりの教員に確認する余裕はなかなかありません。
もうひとつは、コースの「持ち主」があいまいになりやすいことです。非常勤講師の交代や担当替えがあると、誰が判断すべき教材なのかが見えにくくなる。大学ICT推進協議会(AXIES)の調査が示すように、LMSはすでに多くの大学で授業の前提になっています。使われてきた年数が長いほど、コースの中身は厚くなっていきます。
そこで役に立つのが、全学で共有する「三つの線」です。①そのまま運ぶもの(シラバス、配布資料、課題の説明文)、②作り直すもの(小テスト、ルーブリック、掲示板の構成など、LMSごとに仕組みが異なるもの)、③置いていくもの(過年度のお知らせ、重複ファイル、リンク切れ)。この線を教務と情報センターで先に引いておくと、教員への依頼は「チェックをつけてください」の一言で済みます。
Canvas LMSの教材移行とコース設計を標準でつなぐ
運ぶと決めた教材は、なるべく標準形式で扱うのが安心です。1EdTechが策定するCommon Cartridgeは、LMS間で教材をやり取りするための共通パッケージ形式で、Canvas LMSを含む多くのLMSが読み込みに対応しています。ただし、元のLMSにしかない機能はそのままでは移らないため、②の「作り直すもの」は移行後に手を入れる前提で計画しておくほうが現実的です。
作り直しの機会は、コース設計を見直す機会でもあります。Canvas LMSにはブループリントという仕組みがあり、共通のモジュール構成やシラバスの型を親コースで整え、複数の授業コースへ配ることができます。学部の必修科目や複数クラス開講の授業から型をそろえていくと、学生はどの授業でも同じ場所で同じものを探せるようになります。
ヨウムの youmu perch. では、この場面を perchshift.(他LMSからの教材移行)と perchguide.(教職員・学生向けの日本語マニュアル)が受け持っています。どちらも LMS の外側から移行を支える道具で、線の引き方そのものは大学ごとに決めるものです。Canvas LMS 自体の概要は Canvas LMS JP に、移行判断の背景は過去記事「manaba一択の時代は静かに終わった」にまとめています。
まとめ
LMS移行の成否は、ツールの性能よりも、教材の棚卸しで引く線の明快さに左右されるのかもしれません。運ぶもの・作り直すもの・置いていくもの。この三つを全学で共有し、運ぶ教材は標準形式で、作り直す教材はブループリントで型をそろえて。移行は、十年分の教材を見直す、めったにない機会でもあります。慌ただしい年度替わりの前に、一度だけ立ち止まって線を引いてみてはいかがでしょうか。
参考文献
- Common Cartridge® | 1EdTech — LMS間で教材を交換するための標準パッケージ形式
- 高等教育機関におけるICTの利活用に関する調査研究(2023年度調査)結果報告書(速報版)| AXIES — 国内高等教育機関のLMS導入状況
- Blueprint Courses – Canvas LMS REST API Documentation | Instructure — ブループリントコースの仕様
Canvas および Canvas LMS は Instructure, Inc. の商標です。youmu perch. シリーズはヨウム株式会社の製品であり、Instructure, Inc. が提供・保証するものではありません。



